とうとう雪の季節です。
雪景色は見慣れているものの、寒いのは苦手で、冬は始まったばかりなのに、早く春がこないかなと思ってしまいます。
先日、テレビで緒方拳主演のこの映画が再放送されていました。こんな北陸の寒さは比較にならない、寒い、寒いシベリアの物語です。何年か前に読んで、本棚に積んであったのですが、映画を見たらまた読んでみたくなりました。世界一周船の旅があるとすれば (行く予定は全くありませんが) 持って行きたい本の一冊です。
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1782年、鎖国中の江戸時代、船頭・大黒屋光太夫以下17名の乗員は紀伊家の廻米を積んだ神昌丸で伊勢・白子の浦を出港し、江戸へと向かったが、激しい嵐にあい、舵を失い、漂流してしまう。
漂流すること8ヶ月、その8ヶ月の間に船はどんどん北に運ばれ、なんと今のアリューシャン列島に漂着する。その地球の北のはずれの島で4年の月日を過ごすことになり、仲間も17人から9人に減ってしまう。
光太夫は絶望の中でも、いつしかロシア語を覚え、ロシア人と新たな船を建造して、西のカムチャッカ半島に向かうことになる。
1ヶ月の航海で着いたカムチャッカ、そこは島よりもさらに凍てつく地だった。そこで1年過ごし、今度は大陸オホーツクに向かう。
日本に帰国したい嘆願書を何度提出しても音沙汰がなく、希望とは反対に、だんだん、だんだん日本から遠のいていかざるを得ない彼ら。
オホーツクからヤクーツク、そしてバイカル湖のほとりイルクーツクへと移動する。ここまでで、すでに7年の月日がたっていた。
何とかして帰国したい光太夫は、さらに女帝エカチェリーナ2世に帰国願いの直訴をすべく、ヨーロッパのペテルブルグへまで、厳寒のシベリアを越えてソリの旅にいどむ。
苦難の旅の末、ロシア女帝の前で、実に堂々と謁見を了えた光太夫は、遂に故国日本の土を踏むことができるのだ。あの嵐の日から実に10年の年月がたっていた。
しかし、鎖国の世に外の世界を見てしまった光太夫を待ち受けていた運命はというと、あまりにも悲しいものだった。
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これは小説なので、事実に基づいているとはいえ、作者の創作の部分も多いだろうと思います。
しかし、光太夫の人間性がこんなにも輝いて力強く書かれているため、漂流の末の、果てしない旅をして帰ってきた日本人はこんな人物だったにちがいないと思えるのです。
暖かいストーブの部屋で、ぬくぬくと読んでいて申し訳ない気がしますが、彼らが伝えたかったものを感じ取ってあげたいと思います。
TAMA